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李永茂 (軍人) : ウィキペディア日本語版
李永茂 (軍人)[い よんむ]

李 永茂(イ・ヨンム、)は大韓民国軍人。韓国空軍創設者の1人。本名は李永禄(李永祿、)。別名は李英茂、李英武、李光黙。は青邱(靑邱、)。
== 人物 ==
1918年から1920年まで大邱の啓聖学校に在学。1921年4月、京城府文所に入所。1922年3月に退所して同年5月に中国に渡る。
韓国臨時政府の推薦を受けて、權基玉と共に雲南陸軍航空学校(第1期)に入学して1925年に卒業した。南京国民政府飛行隊副飛行員。1935年9月、中尉。日中戦争では第13中隊副中隊長、航空委員会爆撃機訓練隊隊長を歴任。1939年、飛行大隊飛行員(少校)。同年春、鹵獲した一〇〇式輸送機(のちに沙陽号と命名)を操縦。
1943年8月19日、韓国臨時政府空軍設計委員会委員。同年、朝鮮民族革命党成都区域党部責任者。戦争末期、インド・ビルマ方面の戦闘に参加。1945年6月、所属。
解放後の1946年に帰国し、韓国空軍の創設に参加。陸軍航空隊司令官(初代)、飛行団長等を歴任したが、1949年頃に姿をくらました。軍内部の共産分子を除去する粛軍に巻き込まれて北に亡命したとも、朝鮮戦争中に拉致されたか自ら越北したとも言われている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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